院長コラム

心理学からみるワクチンに関する意思決定  直近の不利益VS未来の利益

なぜ人は「将来のがん」を防ぐワクチンよりも、「今日かもしれない副反応」を強く恐れてしまうのでしょうか。

この疑問はワクチンに限らず、投資、健康習慣、保険など人生のあらゆる意思決定に共通しています。心理学と行動経済学では、人間は目先の不利益を将来の大きな利益よりも重く評価してしまうことが分かっています。

たとえば投資。
長期的に資産を増やせるはずなのに、短期の株価下落が怖くて手を出せない。
健康。毎日30分歩けば10年後に病気が減ると分かっていても、日々の「面倒くさい」が勝ってしまう。

ワクチンも同じです。
HPVワクチンを打てば将来の子宮頸がんや中咽頭がんを9割以上防げるのに、接種後に発熱や痛みがあるかもしれないという近いリスクが過大に見えてしまう。
これを心理学では「損失回避バイアス」と呼びます。
人は利益よりも損失のほうを2倍以上大きく感じる傾向があるのです。

さらに「時間割引」も働きます。遠い未来のリスクは現実感がなく、価値を小さく見積もってしまうのです。がんの発症は10年、20年先。だから「自分には関係ない」と思いやすい。

このように、人間の心理のクセが「ワクチンを打たない理由」をつくっているのです。これは個人の弱さではなく、人間全体に共通する認知の仕組み。だからこそ、社会の仕組みや制度がその心理的壁をどう乗り越えるかが重要になってきます。

次回は、この「近くの損失を大きく見る」心理がどのようにニュース報道や世論形成に影響するのか、ワクチンの歴史を振り返りながら見ていきましょう。