院長コラム

心理学からみるワクチン行動学 メディアが恐怖を増幅する理由

ワクチンは科学的に見れば「将来の大きな利益」が明らかです。
ところが現実には副反応のリスクが過大に報じられ、接種をためらう人が続出します。
その背後には、人間の行動心理学とメディアの特性が重なっているのです。

心理学では、人は「利益より損失を大きく感じる(損失回避バイアス)」傾向があります。
これは第1回で触れた通りです。
そしてメディアは視聴者の関心を引くために「不利益」「被害」などネガティブな情報を強調する傾向があります。両者が合わさると、ワクチンの副反応ばかりがクローズアップされ、利益に関する情報は過小化されます。

例を上げれば、HPVワクチンは科学的には子宮頸がんを9割以上予防できると証明されていますが、副反応の報道が相次いだことで日本での接種率はほぼゼロになった時期があります。
世界から見れば驚くほどの低さです。
この背景には「1万人ががんを防げる」という統計的利益よりも、「たった1人の副反応例」のほうが強烈に報道され私たちの記憶に残ってしまうことで影響する行動心理があります。
これは利用可能性ヒューリスティックと呼ばれる現象です。
身近に感じやすい事例ほど、確率以上に大きく評価してしまうのです。

こうした構造はワクチンに限りません。
飛行機事故のニュースを見ると飛行機は危険だと感じますが、実際には車よりはるかに安全です。
健康食品の被害が大きく報道されると危険なものだと思いがちですが、日常の食事リスクの方が大きい場合もあります。

つまり、人間の損失回避バイアス × メディアのネガティブ強調が、ワクチンに対する過剰な恐怖を作り出しているのです。

では、どうすればこの心理的な壁を越えられるのでしょうか。
次回は「社会制度がどう心理バイアスを補うか」をテーマに、海外の取り組みと日本の課題を比べてみます。