院長コラム

2025年ノーベル賞 免疫のブレーキ「Treg」と潰瘍性大腸炎、クローン病

スウェーデン・Karolinska Institutetのノーベル委員会は昨日(10月6日)、2025年のノーベル生理学・医学賞を大阪大学特任教授の坂口志文先生、米国の他2氏に授与すると発表しました。

 坂口先生は免疫応答を制御する内在性制御性T細胞(Treg)を発見、米国の2氏は自己免疫疾患に関わる遺伝子Foxp3を発見しました。
坂口先生は、Tregの特異的分子としてCD25、Foxp3を同定し、Tregの異常が多様な免疫疾患の発症に関与していることを初めて証明した先生です(Nat Rev Immunol 2003; 3: 199-210)。数々の賞を受賞され2023年以降たびたびノーベル賞候補に名前が挙がる世界的研究者です。

免疫は体を守るために働く大切な仕組みですが、同時に免疫の暴走を止める仕組みがなければ、私たちは日常的に炎症を起こし続けてからだを維持することができなくなります。
免疫の司令塔の中のブレーキ役を果たしているのが、制御性T細胞Treg(ティーレグ)です。

この発見は今までの免疫学の常識を変え「免疫の過剰反応を抑える細胞が存在する」という新しい概念を世界に広めました。その後の研究で、Tregが自己免疫疾患、アレルギー、移植拒絶など多くの病気に関与していることが次々とわかるようになりました。

炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)にもTregは深く関わっています。
これらの病気では腸の免疫が過剰に反応し、本来守るべき腸の粘膜を攻撃してしまいます。
近年の研究で、IBD患者の腸内ではTregが十分に働かない、あるいは数が減っていることが報告されています。その結果炎症を鎮めるブレーキが効かなくなり、慢性的な腸の炎症が続いてしまうのです。

一方で、Tregの働きを回復させることが病気の改善につながることもわかってきました。
腸内細菌が作る短鎖脂肪酸(特に酪酸)はTregを増やし、免疫のバランスを整えることが示されています。食物繊維を摂ることや、腸内環境を整える生活がIBDのコントロールに役立つのは、このTregを介した免疫調整の一部と考えられています。

Tregの働きを理解することは、自己免疫疾患やその他慢性炎症の病態、治療を理解することになります。免疫の暴走した病気(炎症性腸疾患を含む自己免疫疾患)の多くはアクセルとブレーキのバランスがとれていないかったり、踏み間違いの状態です。
自動車でもアクセルとブレーキの踏み間違えが大きな事故につながっています。
小さな踏み間違えを監視したり、制御する不思議な仕組みを人間のからだはもともと持っています。
。このもともと持っている優れた機能を元に戻す治療が難病といわれている免疫に関する病気を治療する上でとても重要になっています。
坂口教授の発見が、今まさに潰瘍性大腸炎などの難治性疾患の未来を変えようとしています。